名義貸しと運行供用者責任が問題になったケースです。
交通事故では、自動車の所有者に対して、自賠法を根拠に訴えを起こしますが、名義貸しなどの場合には検討が必要です。
兄弟がいました。
兄は生活保護を受給していました。
兄は、自動車を購入することにしましたが、自分名義だと生活保護を受られなくなると考え、弟に名義を貸してくれるよう依頼。
弟は承諾。
自動車の所有者も使用者も弟名義となりまいた。
2人は、住居も生計も別でした。
弟は、名義を貸しただけで、この自動車を使ったことはありませんでした。
どこに保管されているかも知りませんし、購入費用、維持費も負担していません。
兄がこの自動車を運転し、交通事故。
自動車に追突させる人身事故を起こしてしまいました。
被害者である原告らは、本件自動車の名義上の所有者兼使用者である弟が運行供用者であるとして、弟に対し、自動車損害賠償保障法3条に基づき、損害賠償請求の訴えを提起。
一審の地方裁判所は、原告の請求を一部認容。
本件自動車の所有者および使用者の名義は被告であり、被告はその名義貸与を了承し、同人の住民票が名義変更に用いられていました。これに対して、兄は、生活保護受給者であり、許可を得ずして自動車を保有することは許されない立場にあるにもかかわらず、福祉事務所に届け出るなどして同許可を得ることをしていませんでした。
そうすると、兄の自動車の管理・使用は被告の名義貸与の了承の上に成り立っているというほかないとしています。
運行供用者に求められる運行支配は直接的、具体的な運行の支配に限られるものではなく、被告は、兄が本件自動車を使用することについて、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、その名義貸与の経緯や兄との人間関係に照らせば、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないように監視、監督すべき立場にあるというべきで、自動車の使用についての支配権を有しており、かつ、兄と被告との身上関係によれば、その使用により享受する利益が自己に帰属する者であり、本件自動車の運行供用者に当たると結論づけました。
これに対し、二審の高等裁判所は、原告の請求を棄却。
被告Kは、生活保護を受給していた兄から依頼され.本件自動車の所有者登録名義人および使用者登録名義人となることを承諾したというにとどまり、被告と兄とは、完全に住居、生計が異なっており、疎遠であり、兄が本件自動車を実質的に所有し、使用しており、被告は、本件自動車の保管場所も知らず、その保管や使用について全く関与せず、本件自動車の売買代金や経費の支払についても全く関与していなかったから、被告は、単なる名義貸与者にすぎず、本件自動車の運行を事実上支配、管理していたとは到底認めることができないというべきであり、被告について、社会通念上、本件自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったということはできず、被告は、運行供用者に当たらないとしました。
そして、最高裁に持ち込まれます。
破棄差戻し。
被告は、兄からの名義貸与の依頼を承諾して、本件自動車の名義上の所有者兼使用者となり、兄は、上記の承諾の下で所有していた本件自動車を運転して、本件事故を起こしたものであるとしています。
兄は、当時、生活保護を受けており、自己の名義で本件自動車を所有すると生活保護を受けることができなくなるお
それがあると考え、本件自動車を購入する際に、弟である被告に名義貸与を依頼したというのであり、被告の兄に対する名義貸与は、事実上困難であった兄による本件自動車の所有及び使用を可能にし、自動車の運転に伴う危険の発生に寄与するものといえます。
また、被告が兄の依頼を拒むことができなかったなどの事情もうかがわれないとしています。
住居及び生計を別にしていたなどの事情があったとしても、被告は、兄による本件自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったというべきであるとしました。
したがって、被告は、本件自動車の運行について、運行供用者に当たると結論づけました。
交通事故の損害賠償請求事件では、自賠法に基づく請求をするのが通常です。
自賠法3条本文は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる」と定めています。これを運行供用者責任と呼びます。
この規定に基づき、運行供用者を被告にするのです。
しかし、「自己のために自動車を運行の用に供する者」という運行供用者の定義規定はありません。
そのため、運行供用者とは誰か問題になるケースが多いです。
過去に、盗難車の事故はどうするのか、レンタカーは?所有権留保つきの自動車は?など裁判も多く行われました。
今回は、名義貸しの問題でした。
過去の裁判例でも、名義貸しが争われたケースはありますが、運行供用者性が否定された例が多くみられました。
運行供用者であるかどうかの判断では、かつては、自動車に対する運行支配と運行利益という2ポイントが重視されていました。
本件では、名義人は、自動車を運転していた者の弟であるものの、疎遠な関係にあり、利益を得ているような事情はありませんでした。それよりは、名義を貸与したことによる責任にフォーカスされた事案といえます。
これによって、兄は自動車を運転するようになり、そこから危険が発生したという事情にあります。
名義貸しの交通事故では確認しなければならない判決といえるでしょう。